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宇都宮地方裁判所 平成4年(ワ)251号 判決

主文

一  被告有限会社藤田車輌整備工場は、原告に対し、別紙物件目録〈略〉の土地につき、宇都宮地方法務局大田原支局平成二年二月九日受付第一七五三号により抹消された同支局平成元年九月二九日受付第一二六五二号抵当権設定登記の回復登記手続をせよ。

二  被告株式会社足利銀行及び被告株式会社山和建設は、原告に対し、右回復登記手続を承諾せよ。

事実

以下において、当事者及び関係人の表示を、次のとおり略称する。〈略〉

一  請求

主文と同旨

二  請求原因

1  原告は、訴外Aに対し、平成元年九月二八日、金三〇〇〇万円を貸し付け、翌日、別紙物件目録〈略〉の土地(以下「本件土地」という。)につき、別紙登記目録〈略〉の抵当権設定登記(以下「本件登記」という。)を経由した。

2  その後、平成二年二月初め頃、訴外Aは、原告に対し、本件土地を担保に金を借りたいから、本件登記の登記済証(以下「本件登記済証」という。)を貸して欲しい旨申し向け、その言葉を信じた原告は、訴外Aに本件登記済証を交付した。

3  ところが、訴外Aは、原告名義の委任状を偽造し、本件登記済証と共に、本件登記の抹消登記申請書に添付して、宇都宮地方法務局大田原支局に提出(平成二年二月九日受付第一七五三号)し、本件登記の抹消登記を経由させた。

4  被告藤田車輌は、平成二年三月一七日、訴外Aより本件土地を買い受け、同支局同日受付第三七九九号をもって所有権移転登記を受けた。

5  被告足利銀行は、同支局平成二年三月二〇日受付第三九〇一号をもって、被告山和建設は、同支局平成四年三月三一日受付第三二八七号をもって、それぞれ本件土地につき根抵当権設定登記を受けた。

三  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1ないし3のうち、本件登記がなされたこと、その後その抹消登記がなされたことは認めるが、その余は否認する。本件登記の被担保債権は、もともと存在しない。

2  同4、5は認める。

四  被告らの主張(被告藤田車輌の主張が基本であるが、1(二)の主張は被告山和建設の、3〈2〉〈3〉の主張は被告足利銀行の主張でもある。)

1  被担保債権の弁済

(一)〈1〉  本件登記の被担保債権は、金五〇〇万円である。いずれも代表取締役が訴外Aである訴外塩那商事及び訴外春海丸は、訴外事業団に対し、金四四八五万円の債権を有していたところ、訴外事業団は、さらに金五〇〇万円の融資を依頼してきたため、訴外Aは、原告から金五〇〇万円を借り入れ、これを訴外事業団に融資したが、右原告からの借入の際、本件土地に本件登記が経由されたのであるから、被担保債権は、金五〇〇万円である。

〈2〉  その後、訴外事業団は、原告に対し、右金五〇〇万円を弁済した。

(二)  平成四年五月一二日、訴外Aは、原告と協議のうえ、本件被担保債権の弁済に代えて、いずれも訴外事業団に対する訴外塩那商事の金二四三五万円と訴外春海丸の金二〇五〇万円の各更生債権を原告に譲渡した。

2  被担保債権の放棄

原告は、1(二)記載の更生債権の譲渡を受けた際、本件登記の被担保債権を放棄した。

3  適法な抹消登記手続

〈1〉  平成二年二月頃、訴外Aの内縁の妻訴外乙山春子(以下「訴外春子」という。)が、本件登記済証を受け取りに原告宅に赴いた際、原告は、訴外春子に対し、訴外Aが本件土地の半分に相当する金をくれることになっている旨申し向けて、本件登記済証を交付した。

〈2〉  仮に、そうでないとしても、原告が、本件登記済証を訴外春子に交付したのは、訴外Aと原告との間で、訴外Aが、本件土地を担保に他から金員を借り入れ、原告に対する被担保債権を弁済する旨の約束ができていたからである。

〈3〉  したがって、本件登記の抹消登記手続は、原告の意思に基づくものであって、訴外Aが原告との約束を履行しないからといって、本件登記が抹消された後に、これを信じた第三者が本件土地を買い受け、その旨の所有権移転登記手続を経由した後にあっては、回復登記手続を求めることはできない。

五  被告らの主張に対する認否

被告らの主張1(二)記載の更生債権の譲渡を受けたことは認め、その余の事実は、すべて否認する。

理由

一  請求原因事実中、本件土地に、原告のため本件登記が経由されたこと、そしてそれが抹消されたこと、その後、被告藤田車輌が本件土地を買い受けて所有権移転登記を経由し、被告足利銀行及び被告山和建設のためそれぞれ根抵当権設定登記がなされたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、その余の請求原因事実について、判断する。

1  〈証拠略〉並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

〈1〉  訴外Aは、不動産業・建設業等の訴外塩那商事、不動産業・土木建築業等の訴外春海丸の各会社を経営し、訴外事業団の仕事を多く請け負うと共に同事業団に多額の資金を投下していたものであるが、平成元年九月頃、同事業団へ融資すべき金員の借用方を、訴外A個人の所有にかかる本件土地を担保に、訴外株式会社興和に依頼したところ、同社の資金繰り上、同社の社員の丁原太郎(以下「丁原」という。)は、これを原告に依頼した。

〈2〉  原告は、訴外Aの右申入れを承諾し、平成元年九月二八日、本件土地に抵当権設定契約を締結すると共に、訴外事業団振出しの約束手形三通(金額各金一〇〇〇万円、訴外塩那商事の裏書のあるものが二通、訴外春海丸の裏書のあるものが一通)の交付を受けて、金三〇〇〇万円を融資した(月三分の割合による利息として金一八〇万円を天引し、丁原と共に原告宅を訪れた訴外春子に交付した。なお、訴外Aは病気のため、同人に代わり、内妻の訴外春子が訪れた。)。本件登記は、右貸付金三〇〇〇万円を担保するため、右抵当権設定契約に基づいてなされたものである。

〈3〉  右の貸付けに当たっては、金銭消費貸借契約書が作成されておらず、金員の交付と引き換えに受領した約束手形に訴外A個人の裏書はなく、訴外塩那商事及び訴外春海丸の裏書があるのみなので、債務者が誰であるか判然としないきらいもあるが、前認定の事実経過によれば、訴外Aと解するのが相当である。

〈4〉  しかるに、平成二年一月二四日、右手形の一通が不渡りとなり、原告は、訴外A及び訴外春子に対し、厳しくその支払い方を督促し、本件土地の抵当権を実行する旨警告した。そこで、上野の喫茶店で、原告、丁原、訴外A、訴外春子の四者の話し合いがもたれた。その際、訴外Aは、原告に対し、本件土地を担保に他から融資を受け、右金員で、原告に対する債務も弁済するので、本件登記済証をちょっと貸して欲しい旨申し向け、自己の債権の弁済を受けられるものと誤信した原告は、これを承諾した。そして、翌日、訴外春子が原告宅を訪ね、原告から本件登記済証の交付を受けた。

〈5〉  ところが、訴外Aは、原告名義の委任状(乙第一二号証の三)を偽造し(真正に作成されたものであることを認めるに足りる証拠はない。)、平成二年二月九日、本件登記済証と共に宇都宮地方法務局大田原支局に提出し、本件登記の抹消登記を経由した。

2  以上の認定事実と、前記当事者間に争いがない事実によれば、結局、請求原因事実は、すべてこれを認めることができることになる。

三  被告らの主張について

1  被告らの主張1(一)について

右主張に沿う証人乙山春子の供述部分は到底措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

2  同1(二)について

乙第六ないし九号証と証人乙山春子の証言によれば、原告の厳しい支払い督促に対し、平成四年五月一二日、被告ら主張の訴外塩那商事及び訴外春海丸の訴外事業団に対する各更生債権が原告に譲渡されたことが認められるが、それが「被担保債権の弁済に代えて」なされた旨の事実はこれを認めるに足りる証拠がない。

なお、認可された更生計画の内容(いくらをどのようにして支払うのか)や、その履行状況に関する証拠は全く提出されていないから、右更生債権の譲渡により、原告被担保債権が弁済されたことになるのか否かについてもこれを認めるに足りる証拠がないといわざるをえない。

3  同2について

原告が被担保債権を放棄したことは、これを認めるに足りる証拠がない。

4  同3について

(一)  同3〈1〉に沿う証人乙山春子の供述部分は到底措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(二)  同3〈2〉の事実は、前記二1〈4〉に認定のとおり、これを認めることができる。すなわち、原告が、訴外春子に本件登記済証を交付したのは、本件土地を担保に他から融資を受け、その融資金をもって原告に対する債務を弁済する旨の訴外Aの言葉を信じたためである。

(三)  しかしながら、だからといって、同〈3〉主張のように、直ちに本件登記の抹消が、原告の意思に基づく適法なものであって、その回復登記を請求しえないというべきか否かは検討を要する。

すなわち、適法に取得した登記が、不適法に抹消された場合には、その回復を認めてあげなければならないのは当然であるが、他方、抹消登記後、これを信じた第三者が当該物件について権利を取得した後に、回復登記を認めるときは、常に、回復登記を請求する権利者の利益と、取引の安全の理想とが衝突する。その調和に苦慮する所以である。

ところで、不動産登記法六七条、六八条により認められる抹消回復登記は、不適法な原因によって抹消された登記を回復し、抹消がなかったのと同様の状態を再現する登記であり、その根拠は、いったん適法に登記されて当該物権について対抗力を取得した以上、その対抗力は、法律上の消滅事由の発生しない限り消滅するものではない、ということに求められている(最高裁昭和四三年一二月四日大法廷判決)。したがって、いったん適法になされ、対抗力を取得した登記が、当事者の意思に基づかないで抹消されてしまった場合には、その回復登記が認められることになり、その限りで、第三者の利益は常に害されることになるが、やむを得ない。

そして、本件において、本件登記が、原告の意思に基づいて「適法に抹消された」といえるか否かであるが、前記二〈4〉〈5〉に認定のとおり、訴外Aにおいて、原告に対し、他から融資を受けて被担保債権の弁済をする旨虚偽の事実を申し向け、その旨誤信した原告から本件登記済証の交付を受け、かつ、原告名義の委任状を偽造して本件登記の抹消登記手続をした以上、不適法に抹消されたといわざるをえず、原告の意思に基づいて適法に抹消されたということはできない。

四  そうすると、原告の被告らに対する本訴各請求は、いずれも理由があるから認容し、主文のとおり判決する。

(別紙)物件目録〈略〉

(別紙)登記目録〈略〉

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